「美しい地球」 中野裕弓

美というテーマに、思い出に残る「美しい」と感じたものについて考えてみました。

すぐに思いついたのは、、、
初めて見た空から見る地上の景色でした。

私にとっての初めての空の旅は羽田空港からモスクワ経由でロンドンへ向かう18時間の長旅。
それは1973年3月10日、今から45年も前のことです。

唯一の国際空港だった羽田空港の出発ロビーから続く赤い絨毯を踏みしめて搭乗口に向かったのが今でも鮮やかな記憶にあります。

家族や同級生に見送られて 期待と興奮で機上の人となった19歳の私がいました。

白いタートル、赤いチェックのジャンパースカートに黒の編み上げブーツの女の子にインタビューしたらそこで何を話してくれるでしょう。

緊張の中で離陸。

機内に響く飛行音も機内の空調も、機内食も何もかも初めての体験で、日本を離れる不安や心細さを感じる余裕もありませんでした。

モスクワ空港で、給油の為、飛行機を一度降りました。土産店もカフェもまだ何もない新しい建物。ソファに座って3時間ほど給油が終わるのを待ちました。

ロンドンまでの18時間の長旅には、このトランジットで足を伸ばせるのはありがたかったです。

当時はまだまだ空の旅は珍しい時代だったのでしょう。

目的地で機体から車輪が出て地面に着く衝撃を感じると、機内には ナイス ランディング❣️(着陸成功)という歓声とともに拍手が鳴り響きました。

その瞬間、乗客に一体感が生まれお互い顔を見合わせて笑顔になりました。やはり皆、空の上ではハラハラして緊張していたのでしょうか。

機上から見た地上は美しかった。

窓の外に雲海を見たことも、飛んでも飛んでも眼下にはツンドラの大地が続いていたことも、クリスマスの飾りのような灯りが集まった夜の町の風景、全て初めての体験でした。

窓の下には緑の自然、海や湖、山脈、雪に真っ白におおわれた風景、都市の街並み、街の灯り、
そこにはどんな暮らしがあるのか、、、

でもそこには国境線は見えませんでした。緑の地球に無理やりに国境線を引くところから 様々な問題が出てくるのだと思うと切なくなります。

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中野 裕弓

人事コンサルタント
ソーシャルファシリテーター

中野 裕弓HIROMI NAKANO

19歳で語学研修のためロンドンに渡り、その後9年に及ぶ英国生活を経て、
東京の外資系銀行、金融機関にて人事、研修などに携わる。

1993年、ワシントンD.Cにある世界銀行本部から、日本人初の人事マネージャー、人事カウンセラーとしてヘッドハントされ世界中から集まったスタッフのキャリアや対人関係のアドバイスに当たる。

現在は一人ひとりの幸福度を上げるソーシャルリース(社会をつなぐ環)という構想のもと、企業人事コンサルティング、カウンセリング、講演、執筆に従事。 また2001年に世界銀行の元同僚から受けとったメッセージを訳して発信したものが、後に「世界がもしも100人の村だったら」の元となったため、原本の訳者としても知られる。

「自分を愛する習慣」をはじめ、幸せに生きるためのアドバイスブックや自分磨きの極意集、コミュニケーションスキルアップの本など著書多数。

2014年の夏、多忙なスケジュールの中、脳卒中で倒れ5ヶ月の入院生活を経験する。
現在はリハビリ療養の中で新しいライフスタイルを模索中。脳卒中で倒れたことが人生をますます豊かで幸せなものにしてくれたと語る。

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