人生を卒業すると言う事○

 

家族のお年寄りが亡くなられてまもなくお孫さんが生まれてきたというと
「あーおばあさまの生まれ変わりだね、この子は」とか
「おじいちゃんがまた生まれてきてくれたんだね」と言うのを聞きます。

生まれ変わりを信じる日本の伝統、習慣をとても優しく感じます。

今まで何度か人の旅立ちの直前に関わることがありました。

アメリカで仕事をしていた時、職場の女性が、
あなたはターミナルカウンセリング(終末期のカウンセリング)をすると聞いたのだけど、と連絡をくれました。
彼女の夫がホスピスに入ったのだけど会ってもらえないかと。

仕事を終え、彼女に案内されてホスピスに行ってみると、
70代後半と思しきアメリカ人男性がベッドに寝ていました。
元気な時はさぞかし屈強な体格で大きな人だったと容易に想像できました。

話すことさえ辛そうでしたが、私と2人きりにしてほしいと頼み、
奥さんにはしばらく部屋を出てもらいました。

若い頃は、朝鮮戦争にも従軍したことがあると言う話で、
今まで何も怖いと思った事はなかった、
でも今は死ぬことが怖くて怖くてたまらないと涙交じりに正直に話されました。
そういう弱気な姿は奥さんに見せたくなかったのです。

クリスチャンの彼に、
キリスト教でも教えている通り死ぬことは怖くない、神様のもとに還れるのだから、、
と話したけれど彼の顔は曇ったまま。きっともっと切実な問題。

そこで「死ぬと言う事はどういうことかお話ししましょうね」と続けました。

人間が死ぬという事は、地球上の生活が終わると言うこと。
魂、意識はすみやかに肉体を離れる。
だからもう痛みや辛さは感じなくてもよくなること。

あなたの魂は肉体の縛りから自由になって身体から出て旅を始めます、、

真っ暗な中を空に向かってどんどん上っていきます。
まるで暗闇のトンネルを進んでいくようなものです、、

するとそのトンネルの先に小さな光が見えてきます。
どんどん近づいていくとトンネルの先にはまばゆいばかりの明るい世界が広がっています、、

そこは色とりどりの花が咲き乱れ、緑が美しく、風は爽やか、
鳥のさえずりも聞こえてとてもとても素敵な場所です、、

そこにたどり着くと向こうからお迎えの人たちが近づいてきます。

それは先に旅立った親や兄弟姉妹や親戚、仲良かった人たち、
会いたかった人たちみんなニコニコ顔で近づいてきます、、

まるで時のたった同窓会のよう。
みんな笑顔であなたを出迎え
「おかえり」「お疲れさまー」「会いたかったよー」「待ってたよー、よくがんばったね」と。
大歓迎してくれます。

その人たちに迎えられあなたは幸せと喜びと感謝に満ち溢れるのですよ、、

肉体を持っているときに感じていた苦しみ、怖れ、悲しみ、辛さや心配ごとなどは
すべてトンネルの中で胡散霧消していきますから安心してくださいね、、

その話をじっと聞いていた彼は、真剣な目で私をしっかり見つめて
「How do you know?」どうしてそれがわかるんだ?

とっさの事でしたが、私は落ち着いた声で はっきり「I KNOW」と答えていました。
それは単に知っていると言う意味ではなく
あたかも KNOW という文字を大文字で書きたい位
確信に満ちた受け答えだったと今でも思い出します。

あの時なぜそれが口から出てきたかわかりません。
臨死体験など体験したこともない私、
自分が経験もしたことない肉体を離れるということをあんなにはっきり断言したのは初めてでした。

彼は黙って目を閉じてうなずきました。
その数日後、再度面会に行きましたが、その話題が出る事はありませんでした。
誰かが自信を持って I KNOW.と言い切ったことだけで不安を払拭するには十分だったのかもしれません。

3日後、奥様から彼が天国に還ったと言う知らせを受けました。
彼の表情はとても穏やかだったと聞きました。

人生を卒業するとはどういうことか、その時 何が待ち受けているのか、
知っているのと知らないのでは最期を迎える気持ちが違います。

4年前に旅立った母は、最期はレビー小体の認知症でしたが、
まだ自宅で生活していた頃、時々 母のベッドに潜り込んで
繰り返し繰り返しトンネルの先のお花畑の話をしました。
毎回、あーそうなの、とおとぎ話を聞いた子どものような笑顔を見せてくれました。
なんだか安心したんだと思います。

1年前に旅立った父は、その話の最後に「お父さん、誰に最初にお迎えに来て欲しい?」と訊ねると
父は自分のお父さんに出迎えて欲しいと言いました。

まだ14歳の時に40代半ばで旅立ってしまった自分の父に会いたい思いが伝わってきました。
父はその会話の10日後、家族が見守る中、穏やかに人生を卒業していきました。

私たち姉妹は「今頃、おじいちゃんがお父さんを出迎えているね」と
その喜びの再会の光景を思い描いていました。

知り合いの天台宗の住職は「人は死ぬために生きているんだよ」と話されました。

いつかは死ぬという事実を意識しその日に向かって 毎日を生きていく、
というのはなんだか矛盾しているようで 究極の真理だと思います。

この世では悲しみのお葬式、でもあちらでは喜びの歓迎会!
そう思うとなんだか愉しくなりました。

そしてその時が来るまでしっかり生き切ろうと想いを新たにしました。

中野 裕弓

人事コンサルタント
ソーシャルファシリテーター

中野 裕弓HIROMI NAKANO

19歳で語学研修のためロンドンに渡り、その後9年に及ぶ英国生活を経て、
東京の外資系銀行、金融機関にて人事、研修などに携わる。

1993年、ワシントンD.Cにある世界銀行本部から、日本人初の人事マネージャー、人事カウンセラーとしてヘッドハントされ世界中から集まったスタッフのキャリアや対人関係のアドバイスに当たる。

現在は一人ひとりの幸福度を上げるソーシャルリース(社会をつなぐ環)という構想のもと、企業人事コンサルティング、カウンセリング、講演、執筆に従事。 また2001年に世界銀行の元同僚から受けとったメッセージを訳して発信したものが、後に「世界がもしも100人の村だったら」の元となったため、原本の訳者としても知られる。

「自分を愛する習慣」をはじめ、幸せに生きるためのアドバイスブックや自分磨きの極意集、コミュニケーションスキルアップの本など著書多数。

2014年の夏、多忙なスケジュールの中、脳卒中で倒れ5ヶ月の入院生活を経験する。
現在はリハビリ療養の中で新しいライフスタイルを模索中。脳卒中で倒れたことが人生をますます豊かで幸せなものにしてくれたと語る。

 

 

 

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