◆しあわせになりますように◇

ハピネスコンサート

これからの私達の暮らしが

しあわせでありますように。
母なる地球が喜んでくれますように。
の願いを込めて
「しあわせ」を魂で、心で感じる
希望に満ちたコンサート
「しあわせになりますように」
を行うことになりました。
「え?城嶋さん歌うの?」
「リセラリウム?」と質問されますが、
いえいえ私はカラオケも出来ない人で(笑)
私ひとりではなく、知る人ぞ知るお姉様方と3人で。
おひとりはミネハハさん、
もうおひとりは中野裕弓さん、
僭越ながら私城嶋杏香も。
3人で「ハピネス」というユニットまで組ませて頂きました。
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歌手ミネハハさんは知る人ぞ知る

CMソングの女王で3000曲を越えるCMやアニメ声優や主題歌を歌っていましたが、
世界を旅する中で商業音楽からの生活を一変、
現在は100箇所を越える東北震災の地や世界各国で魂の歌を届け続けています。

なぜ?そこ? MINEHAHA ミネハハ

また、中野裕弓さんは元世界銀行の人事カウンセラーを経て現在はソーシャルファシリテーターとして活躍、ベストセラー書籍「世界がもし100人の村だったら」の原訳者としても知られており、
「周りの人を幸せにしたいなら、先ず自分が幸せになること」という「愛のコーヒーカップ理論」の考えを元に数多くの書籍を発刊されています。

このコンサートはジャンルは違えど、
中心軸に持つ地球や人の幸せに役立ちたいという思いは同じと共感した3人の出逢いから始まりました。
中野さんとはかれこれ8年程前、
知人のご紹介で嵐の晩に東京のとあるお店で出逢い、あまりの衝撃で大阪への帰りの新幹線の中で呆然としていました。
自己犠牲や自己批判を美徳と考える日本人特有の考えで生きて来た私を、否定するでもなく
穏やかな包み込むような笑顔で受け入れて
「先ずは自分が幸せになることが周りに幸せを分けてあげられるのよ」と。
私は衝撃と共に魂が喜ぶ感覚を覚えました。
人に幸せを伝えられる人になりたいと本気モードにシフトしたのはここからかも知れないと。
以来中野さんとは社の講習会や社員さんとのセッション、公私ともに家族のようなお付き合いをさせて頂き。。
時は流れて昨年のこと、
サロンの先生から熱く熱く
「これからのために会っておいた方が良い方だから」と、ミネハハさんのプライベートコンサートに役員でご招待頂きました。
歌声を耳にした途端、涙が溢れ出して止まらない私。でもそれは私だけではなく。。
私は中野さんとお逢いした時のような衝撃と
魂が揺さぶられ喜んでいる感覚を覚えました。
「ありがとう地球」という私達ドクターリセラがお伝えしたいテーマの曲もありました。
コンサートの後、
ミネハハさんは私達にこう言いました。
「これから日本が先頭に立って世界を変えてゆくのよ」と。
その言葉は私達は初めて聴く言葉じゃなく、
中野さんからいつも教えて頂いていた言葉で。。
それを聴いた社長が「それって、なかのせん。。」(フルネームも言ってない)
と言うか言わないかの瞬間!ミネハハさんの口から「中野裕弓さん?知ってるわよ。ずっと会ってない。会いたいわー。そしていつかのお礼に歌を届けたいの」と。
聴けば中野さんとは10年ほど前、曲を翻訳して頂いて以来世界を旅して会えていないとのこと。
私は思わずその場で中野さんに電話をしていました。
トントンと話が進み。。
ミネハハさんを私が中野さんのご自宅にご案内同行することに。
その場で予期せぬことが!
お互いの日々の活動とその軸になっている人類の幸せ、母なる地球への恩返しを穏やかな中にも熱く語り合ううち
活動内容は違っても思いは同じと共感、
「もっと多くの人や地球が幸せになるコラボコンサートをしよう!」ということになり、
私はそんなコンサート、絶対に何を置いても行きたい!!と思っていたところ。、
「城嶋さん、あなたもよ!3人でするのよ!」と、
私がハトが豆鉄砲状態でいる間にお二方とも
マネージャーさん抜きで、
チャッチャと会場を抑え、概略を決めて
「ほらリヤカーで来たらダメよ。ラリーカーで走るんだから」と。
そのスピード感って言ったら!
「コンサート名は何がいい?」
「ミネハハさんのCDの題名の
しあわせになりますようにがいい!」
(これだけは私の発案(笑))
「ユニット名は何にする?」
「ハピネスが良いわ」
2人のベテランお姉様達のラリーカーはフルスピードで振り切ってこの間約1時間で
ほとんどが決定!お見事!
この現象って
「天から支援されている時は、
トントンとことが進む」と
数人のスピリチュアルな先生に教えて頂いたこと。。
「このことだ」
と私の頭をよぎっていました。
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その日の写真!
浜松で生まれ育った私は
基本「やらまいか精神」のひと。
やらまいかとは「やろうよ!」「やってやろうじゃないか」っていう意味。
やりますとも。出逢いは必然。
リヤカー城嶋(笑)も
ビューティーライフクリエイターとして
等身大の女性として
今までの経験の中で見てきた化粧品にも洗剤にも使われる石油系合成界面活性剤等
地球や未来の子供達の為に何を残せるか?
私達は現実何をしたら良いのか?を含めた
しあわせへの方法を
私なりにお伝えしたいと思っています。
誰もが母なる地球に
愛されて生まれて生かされています。
中野さんとミネハハさんに出逢い、
私が感じた魂の喜びをご縁のあった
皆さんにも是非とも味わって頂きたいと
心から思います。
「しあわせになりますように」

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奥迫 協子

ビューティー
ライフクリエイター

奥迫 協子KYOKO OKUSAKO

静岡県浜松市出身。

中高一貫女子校に通うが中学2年で最愛の父が他界、以来奨学金とアルバイトで高校卒業後、銀行勤務を経て結婚、2児に恵まれるも30代でシングルマザーとなり補正下着店を経営。
自身の肌悩みにより倒産の危機に陥るが、「肌を改善出来、自分や大切な家族が使い続けられる」という観点から安全で結果の出る天然成分のみの無添加スキンケアを開発。
全国のエステサロンに営業に回る。またテレビショッピングにも出演し1日1億円の売上をも記録するが方向性に疑問を持ち辞退。 現在では全国のエステティシャンから「これがないと困るスキンケア」として支持を得るようになり、スキンケア開発過程で知った化粧品や洗剤などの人体や地球環境への影響や対策を伝え続けている。
58才、孫4人を持った現在もノーファンデーションの肌でナチュラルに地球環境にも優しく生きる方法を等身大で伝えるビューティーライフクリエイター、美容会社の取締役、イメージモデルとしても活動中。

 

 

 

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